「…ここが第二体育館。一応説明はここまでかな?」
「そっか。わざわざごめんね?」
本当に悪い事したな。
昼休みがほぼ全部潰れてしまった。
水瀬君にもやるべきことがあっただろうに。
「いやっ全然っむしろ嬉し…いや、なんでもない」
途中で話すのを止めてしまった。
…あたしなんかと歩くのが嬉しいの?
「他の人たちはあたしの事、怖がっているでしょ?水瀬君はどうして…」
ずっと気になっていたこと。
クラスの、学校中の人があたしの事を白い目で見ていたのに。
水瀬君だけは、あたしとこうやって話してくれていた。
「…それは表面しか見てないからでしょ?僕は知ってるから。麻月さんが動物好きの優しい人だって」
本当に水瀬君はあたしの事をよくわかってくれていた。
あたし以上に『あたし』の事を知っていた。
いろいろ教えてくれた。
動物が好きなこと、植物を大切にしたこと、道を外れることが嫌いなこと、学校ではどういうキャラだったのかを。
クラスの皆がどうして怖がっているのかも教えてくれた。
『ぶっちゃけ、性格が怖いんだよ』
そうはっきり言われた。
でも、全然嫌じゃないんだ。むしろ本当の『あたし』を受け入れてくれている。
そんな気がした…
「よぉ、麻月。元気にしてたか?」
体育館から去ろうとした時に、沢山の筋肉質な男の人があたしたちの周りを囲んだ。
「なんかよぉ、記憶無くしたって聞いたぜ?」
「マジかよ。じゃあ、今がチャンスって事か」
その人達はあたしと水瀬君を体育館裏に引きずり込んだ。
あれだ。よくある集団ミンチ…じゃなくて、集団リンチみたいな。
ミンチにしたら危ない。危ないどころじゃない。
「水瀬君…こいつら、何?てゆーか誰?」
なんとなく見覚えはある。
でも、思い出せない。
「麻月さんによく絡んでくる野郎達だよ」
「野郎とは失礼だな。これでも上級生だぜ?敬えよなっ」
そう言って男は水瀬君の腹に蹴りを入れた。
うめき声を上げて崩れる水瀬君。
「水瀬君っ!」
「まぁ、てめぇに用はねぇがなぁ。用があるのは麻月、お前だけだ」
…ヤバイ。
これは、ヤバイような気がする。
気がするじゃない。
これは、駄目だ。
でも…あたしは『あたし』じゃない。
あたしにはどうにもできないよ…っ
「一発…殴らせろっ!!」
当たる…誰か……っ
バキィッ
……あれ…?痛く、ない…?
「…女の子に手を上げるなんて最悪だな。その上武器持ちかよ」
「…っ水瀬君っっ!!」
水瀬君があたしを庇ってくれていた。
でも、その額からは紅い滴が流れていた。
「麻月だからいいんだよ」
相手の男の手には何かがあった。
あれが武器なのだろう。
水瀬君を傷つけた、モノ。
「邪魔するのならてめぇも殺るぞ?!」
どうしよう…
水瀬君があたしの身代わりに…っ
( 姫 っ !! )
突如頭の中に流れた『声』
聞き覚えのある、力強い、声。
これは、父さ、ん…?
「麻月さん…逃げるんだ」
水瀬君が息も絶え絶えにそういった。
「でもっ」
逃げれる、訳がない。
「逃がさねぇぞ、ゴルァ!」
「逃げるんだ、姫!!」
逃げる…?ニゲルってナニ?
水瀬君が居るのに?庇ってくれたのに?
( ごめんね…最後まで、見守ってあげられなくて… )
「か、あさん…?」
聞こえる。
この声はいつのもの?
確か、前にも、あった気がする。
あたしを護ってくれた手。
あたしに力をくれた声。
頭に強い衝撃がきた。
男の一人に殴られた様だ。
床に叩き付けられる。
口の中が鉄の味がする。
どこか切ったかな…?
水瀬君の声が聞こえる。
…違う。
これは、父さんと母さんの…
( 姫、大丈夫、か…? )
次第に冷たくなっていく身体。
沈んでいく太陽。
闇に沈んでいく景色。
( ごめんな、ひ、め… )
掠れる声。
消える音。
光の無くなった父の瞳。
乱暴な男たちの声。
鳴り響く銃声。
泣き叫ぶのは、あたし。
縋る は 母。
あたしを包む腕。
人の温もり。
そ れ は 命 の 温 も り
そうか…
あたしを護るために、父さんと母さんは…
( あなたは 最後まで、 大切な人を 守らないと ダ メよ 、姫… )
そうだね、母さん。
「…いいかげんに、しろぉぉっっ!!」