授業終わりのチャイムが鳴り響く。
数学のテストが終わった。多分100点満点取れてると思う。全部うまったし。
この後はお昼休み。なんだけど…
あたしはあの事故のせいでお弁当がない。
でも、なんか天城先生が奢ってくれるらしい……いいのかな…?
水瀬君があたしのところへ来た。
「麻月さん、お昼はお弁当?」
「あ、なんだか天城先生が奢ってくれるって…」
貰えるものは貰う事にしよう。
結構仲よかったみたいだし…
「忘れたの?」
「事故の時にぐちゃぐちゃになっちゃって…」
そう。
あれは酷かった。
かなり酷かった。
病院から帰るときにその現場を丁度通ったんだけど…
道路中ひどく散乱していた…
ウインナーやらサラダやらご飯やら……地獄だ。夢に見そう。
「あ、ごめん…じゃあ、お昼ご飯食べ終わったら職員室前に…
あぁ、ラピュタに奢ってもらうんだったら、生徒指導部前に居て。迎えに行くから」
あたしは頭の中に疑問符がたくさん出てきた。
…ラピュタ……?
って確か城の名前じゃ…?
「わかった…ねぇ、ラピュタって、何?」
「?あぁ、そっか、忘れてるんだもんね。ラピュタってのは天城先生の事だよ。このあだ名は麻月さんが付けたんだ」
あぁ、それで朝、天城先生のことラピュタって思ったんだ。
「そうなんだ。てか、なんでラピュタ…」
「あれじゃない?天城って『天空の城』って書くから」
「そう、なんだ…」
解らない。
思い出せない。
何も、覚えていない。
でも、なんだか懐かしい気持ちに…
「姫ー!!とっととメシ食いに行くぞ!!早く来い!!」
急に教室中どころか廊下にまで響く大きな声があたしの名前を呼んだ。
…噂をすればなんとやら。
……それは、ともかく…
「ちょっ…は、恥ずかしいだろ!!叫ぶな馬鹿!!今行くから…っ」
そこまで言ってふと我に返った。
どうやら無意識で返事をしていたみたいだ。けど…
…恥ずかしい…だろ?!
だろって何!?自分でつっこむのもなんか変だけどさ!
隣で笑いを堪えている水瀬君が居た。
…そんなに面白いのだろうか?
「いってらっしゃい、麻月さん」
目に涙を溜めながら、あたしに声をかけた。
…だから何がそこまで面白いのか。
「あ…行ってきます」
とにかく返事を返してみた。
あ。
なんか自然に笑顔になっちゃったんだけど…
変な気分。
あたしって笑えたんだ。
水瀬君に不快な思いをさせたかもと一瞬不安になって見てみたら、水瀬君、顔真っ赤。
…やっぱり嫌だったのかな?
ま、いっか。とりあえず、メシ食いに行こっ。
食べに行った場所は、学園内の食堂。
コックさんが多いのか、冷凍物なのか。メニューもたくさんある。
何にしようか迷ってると、
「『お母さん、いつもの頼む』って言ってこいよ。いいモンがもらえるぞ」
ってラピュタに言われたから、言ってみた。
「お母さん、いつもの頼みます」
ラピュタに言われた時は誰に言えばいいのかわからなかったけど、
受付には一人しか居なかった。
否、この人しか見当たらなかった。
…一人でこれだけの学生の学食を作れるのかと疑問に思う。
「あ、姫ー!記憶無くしたって聞いたけど…本当に忘れちゃったの?」
おばちゃんが哀しそうな目をした。
「え、あ、はい…すみません…」
あたしはまだ、誰の事も思い出せていない。
罪悪感が胸を締め付ける。
ところがおばちゃんは笑顔になって言った。
「あらやだ、枯れてる姫は姫じゃないわ」
枯れているのか。
今のあたしは枯れているのか。
いや、それより気になるのは、『あたし』は本当にどんな人間だったんだろうか…
「ところで、その方法は思い出してくれたの?」
おばちゃんが身を乗り出して聞いてきた。
その方法…?あぁ。注文のことか。
「天城先生が…」
「あっはっは!そうかい。まぁいいよ。いつもの食べたら、少しは何か思い出すかもね。ホレ、出来たよ」
出てきたのは…カツ丼と味噌汁。
あれ。
そうか、奥に厨房があるのか。
一体何人くらい居るのだろう?
温かそうに湯気のあがる味噌汁と半熟卵のおいしそうなボリューム満点のカツ丼。
(俺、ここのカツ丼と味噌汁大好きなんだ。なんか両親の事を思い出せるから…あ、もちろん他の料理もおいしくて大好きだよ☆)
えっ…?
今のって、『あたし』…?
「おい、姫、とっとと食え」
後ろから思い切り頭を小突かれた。ラピュタだ。
「あ、はい…ってうわっ」
ラピュタの持つお盆にはカレーライスとスパゲティーとオムライスがある。
…かなりのボリュームだ。
「…ラピュタって…そんなに食べたっけ…?」
「最近、ビール止めたんだよ」
…それって関係あるのかな…?
とりあえず…食べよう…
「おばちゃん、ごっそさん。姫も久しぶりに食えて嬉しかっただろ?」
久しぶりなのかがまずわからないんだけれど…
温かい料理だったのは間違えようもない事実。
「…うん。おいしかった…またこれからもよく来ると思います」
そう言うとおばちゃんは顔がほころんだ。
「本当かい?そりゃ嬉しいねぇ。じゃ、今度は記憶を戻してからおいで」
…記憶。
全部もどるかどうか、まだわからないけど…
「うん…ありがとう、『あーちゃん』」
今ふと口から出た。
『あーちゃん』
あたしには意味がわからなかった。
見るとおばちゃんは一瞬とても驚いたような顔をした。
あぁ、これがおばちゃんの名前なのね。
おばちゃんは笑顔で「ハイ」と言ってくれた。
「ラピュタ…お昼ごちそうさまでした」
天城先生と呼ぶのは止めた。
なんか天城《先生》って柄じゃない気がするから。
「おぉ、別に構わねぇよ。てかラピュタって思い出したんだな。水瀬か?」
「いえ…LHRの時に……一番最初に思い出したのがそれでしたよ…」
「それは嬉しいなぁ〜」
あっはっはと笑うラピュタ。
こっちは吃驚なんですけど。
なんで一番最初に思い出すのがあだ名なんだよ…
「麻月さんっ!」
後ろから声がした。
「あ、水瀬君…」
振り向くとそこには水瀬君が。
辺りを見渡すと、あぁ、あるわ、生徒指導部。
「遅くなってごめんね。僕が言いだしっぺなのに…」
いや、あたしも今来たところなんですけど…
「全然遅くないよ。大丈夫」
と一応言ってみる。素直なのか素直じゃないのか今一自分がわからない。
水瀬君の顔が再び真っ赤になる。
あたし、何か変な事してるのかな…?
後ろではラピュタが笑ってるし…
うーん、わからん。
「じゃ、行こうか」
水瀬君が頭を振ってからそうあたしに告げた。
…虫でも飛んでたのかな?
「うん」
まぁ、どうでもいいや。
あたしたちが歩き始めたその時、後ろから声が追いかけてきた。
「気ぃつけて行ってこいよ、馬鹿ップル」
「「ラピュタ!!」」
二人でハモってさらににやにやするラピュタ。
水瀬君は顔を背けるし…
もうやだ!
なんであんな下品な先生が生徒指導部長なのよ…っ