折れた翼と籠の鳥
わたしの名前は草薙澪(くさなぎみお)。高校二年。
よくマイペースだって言われるけど、自分でも本当にそう思う。
おっとりで、どんくさくて、天然。
典型的な例で言うと、何もないところで平気で転ぶ。
でも、こんなわたしでも一応進学校に入学出来た。まぁ、中学までの勉強は簡単だったしね。
両親はお医者さん。だから、わたしも医者になりたかった。
理由は両親が格好良かったから。人を救えることが素敵だから。
ただそれだけ。
それだけだった。
…筈だった。
でも…わたしは、自分で自分の人生を大きく変えてしまった…――
†
「はぁ…やばいなぁ…」
テストが返ってきた日の帰り道。
「テストの点数が、こんなに悪かったなんて…」
高校に入学してから、ずっと思っていたことだった。
でも、今回は殊更に点数が悪かった。
軽く赤点を下回っている。
…欠点だった。
「こんなの母さんたちに見せられないよ…
それでなくても、最近勉強しなさいって五月蝿いし…」
確かに、高校生になって気が抜けたのか、勉強はまったくしていない。
それで点数が落ちてるのもわかってる。わかってるけど…
「…なんで、こんなに勉強しなくちゃいけないのかなぁ…?」
いくら自分で選んだ道とは言え、ここまで来るとしんどくなってくる。
勉強。
勉強。
勉強。
授業はスピードが速くて、今更追いつくことなんて無理に等しい。
「…頑張らなきゃ、いけないんだけど…」
「みーおっ!」
どこからともなく声が聞こえた。
かと思うとその声と共に、体に重みが加わる。
一瞬ふらついたけど、なんとか踏ん張った。
「…明日香」
「なーに凹んだ顔してんのよらしくない」
そう声を掛けてきたのは、幼馴染の青山明日香。
ちなみに、いつもわたしに抱きついてくる元気な女の子。
…重たいから早く離してくれないかなー
なんて考えてみたり。
「うん、テストの点が、やっぱり良くなくて…どうしようかなって…」
明日香はわたしが高校に入ってから点数が落ちてるのを知ってる。
そして、明日香は、いつだってわたしの相談に乗ってくれた。
今日もいつもとて例外はない。
明日香は手を顎に当てて何かを考えていた。
そしてふいにわたしの方を見た。
「…やっぱりさぁ、澪は押しつぶされてるんじゃないかなぁ?」
「…え?」
押し、つぶされてる…?
何に?
「親がすごいからさ、頑張らなきゃって思っちゃうんだよ。
あと、無意識に親の言いなりになってるとか、ね」
親…言いなり……
…確かにそうかもしれない。でも…
「でも、わたしの夢は医者だもん。医者になるにはもっと頑張らなきゃ」
そう、頑張らなきゃ、いけないんだ。
でも身体が思うように動かないのが現状。
けれどそれがわたしの本心。
…でも、明日香には何か引っかかったみたいだった。
明日香は大きく溜め息を吐いた。
「…澪はきっと、自分の本当の気持ちに気づいてないんだよ」
「……え…?」
どういうこと?
本当の気持ち?これが、本当の気持ちなのに?
…なんだか、いつもの明日香と、違う…気がする……
「…まぁ、無理もないかな。澪は鈍感だしね」
明日香はそう言って笑う。
あ、…よかった、いつもの明日香だ……って、ん?あれ?
「…っ!どっ、鈍感じゃないよっ!天然なだけだもんっ」
「鈍感も天然も、たいして変わらないわよーっ」
そう言い残して、明日香は走り出した。
わたしが追いかけようとした、その時だった。
一台のバイクがわたしの横を通り過ぎた。
風が起きて、髪で前が塞がる。
急いで髪を掻き分けた。
「…っ!明日香っっ!!」
明日香が振り向いた。
キイィィィッッ
…目の前には、紅い海が瞬く間に広がった。
紅い、紅い、紅い。
真っ赤な海。深紅の絨毯。
その中に沈む、見覚えのあるモノ。
否、見覚えのある、筈のモノ。
それはもう、わたしの知っているモノとは違った。
「…いっ、いやぁぁあぁぁぁっっ!」